霧の中で目を覚ました男は、自分が誰かもわからぬまま、周囲に横たわる死体と静まり返った世界を見つめていた。車の事故現場、割れたガラス、曇った空、そしてどこまでも続く沈黙。彼の名はリアム、記憶を失いながらも歩き出すが、やがて恐ろしい事実に気づく。自分の周囲の半径数メートル以内に入った生物が、即座に命を落としてしまうのだ。生き残った理由を探る中で、彼と同じく記憶を失った女性ジェーンが現れ、彼女の存在だけがその“死の半径”を止められると判明する。
互いに過去を知らぬまま、二人は記憶の断片と向き合い、真実を探す旅に出る。彼らが辿り着くのは、罪と赦しの境界、そして人が人であるために守り続けるもの。静寂の中に漂う孤独と希望が、観る者の心を締めつける。

制作年/制作国:2017/カナダ
上映時間:93分
監督:キャロライン・ラブレシュ、スティーヴ・レオナール
主演:ディエゴ・クラテンホフ、シャーロット・サリヴァン、ブレット・ドナヒュー
ジャンル:SFサスペンス/スリラー
タグ:#記憶喪失 #SFスリラー #真実 #孤独 #再生
あらすじ
物語の始まり
車の事故現場で目を覚ましたリアムは、自分の名前以外すべてを失っていた。道を歩けば、動物も人も息をしていない。恐る恐る町へ足を運ぶと、店の中、車の中、どこも死の静寂に包まれている。彼の半径に踏み込んだ瞬間、人々が倒れ、目に見えぬ力が命を奪っていく。恐怖に駆られたリアムは、自らを「疫病のような存在」と感じ、孤立していく。そんな中、ある夜、一人の女性が彼に近づいても死ななかった。彼女は自分の名をジェーンと名乗り、同じく事故の後に記憶を失っていた。二人はなぜ自分たちだけが生き残ったのか、なぜこの異常な現象が起こるのかを探り始める。互いに過去を知らぬまま、ただ“真実”という言葉だけが、二人の間を静かに繋いでいた。
物語の変化
リアムとジェーンは、自分たちの行動範囲を地図に記しながら、事故前の足跡を追う。途中で出会うのは、かすかな記憶の残像と、失われた生活の断片。リアムの家、隠された写真、見覚えのある顔。少しずつ真実が形を取り始めるが、それは希望よりも重い罪の影を帯びていた。ジェーンはリアムの瞳に恐れを感じつつも、彼を見捨てられず、共に逃げるように真実へ近づいていく。やがて二人は、警察とメディアに追われる中、互いの存在が「死の半径」を制御する鍵だと気づく。触れ合えば生、離れれば死。矛盾の中にある絆は、やがて過去の記憶と衝突し、彼らを避けて通れない結末へ導いてきます。
物語の余韻
失われた記憶が戻ると同時に、リアムは自らの正体と過去の罪を思い出す。それは偶然ではなく、運命的な因果の果てに起きた現象だった。彼が何者であったのか、なぜジェーンだけが彼を生かす存在なのか。その真実は、赦しとは程遠い、痛みを伴う事実として明かされる。ジェーンの瞳には涙が滲み、リアムは最後の選択を静かに下す。遠くで雷が鳴り、風が草を揺らす中、二人を包む空気は穏やかだった。終わりの瞬間まで、リアムは彼女の手を離さなかった。真実を知ることは、時に生きることよりも重い。けれど、その痛みを受け入れることでしか、彼は自分を取り戻せなかった。
印象に残る瞬間
夜の農場、外灯の光がわずかに届く納屋の中で、リアムとジェーンが互いの距離を確かめるように立つ。光が二人の間に細い境界を作り、足を一歩でも踏み出せば命を奪う緊張が漂う。息の音さえ聞こえるほどの静けさの中で、ジェーンの手がわずかに震え、リアムはその手を包もうとして止まる。風が通り抜け、埃が舞い上がり、時間がゆっくりと伸びていく。カメラは二人の表情を切り返しながら、照明を落としていく。光が消える瞬間、沈黙が全てを語る。そこに残るのは、恐れでも愛でもなく、真実を見つめる意志だった。

見どころ・テーマ解説
現実が照らす人間の輪郭
本作のリアリズムは、SF的設定を使いながらも人間の素顔を描く点にある。記憶を失ったリアムは、自分が何者かわからないまま、人を死に追いやる存在として生きる。その姿を通して、観客は「自分が誰であるか」を外側から見つめ直す。監督は派手な演出を避け、曇り空やくすんだ緑のトーンで現実を包み込み、静かな絶望を映し出す。真実とは突き止めるものではなく、時間とともに輪郭が浮かび上がるものとして描かれている。
真実と欺瞞のはざまで
リアムとジェーンの関係は、互いの記憶の空白を埋めるように始まるが、やがてその隙間が崩壊を招く。どちらが正しいのか、どちらが嘘をついているのか、観る者は常に不確かなバランスに置かれる。監督はこの緊張を、カメラの距離と焦点で巧みに表現する。手前の人物をぼかし、奥の影に焦点を合わせるショットが多用され、真実が常に「見えていない」ことを示す。記憶を辿る物語でありながら、そこにあるのは明快な答えではなく、錯綜する人間の本質である。
崩壊と救済のゆらぎ
中盤から後半にかけて、リアムの表情はわずかに変化していく。恐怖から後悔へ、そして受容へ。音楽が極端に抑えられ、代わりに風や呼吸音が強調されることで、感情の変化が映像として伝わる。監督はここで、真実を知ることが救済ではないという冷静な視点を保つ。真実に直面することは、時に人を崩壊させるが、その崩壊こそが再生の始まりでもある。ラディウスという半径は、世界と自分の境界を示す装置でもある。
沈黙が残す問い
ラストシーンでは、音楽もセリフもなく、ただ風と静寂だけが残る。観客に何かを伝えるより、語らないことで真実の重さを響かせる演出だ。監督は沈黙を「余白」として扱い、そこに観る者自身の記憶や恐れを投影させる。人が真実に触れたとき、世界の音が止まる──それが本作の最も強い瞬間である。カナダ映画らしい抑制の美学が、感情よりも空気で語る力を持っている。
キャスト/制作陣の魅力
ディエゴ・クラテンホフ(リアム)
ドラマ『ブラックリスト』で知られるクラテンホフは、硬質な演技の中に微細な動揺を表現する俳優だ。本作では表情の変化がほとんどない序盤から、記憶を取り戻すにつれて顔に影が差していく過程を丁寧に演じている。セリフよりも呼吸で感情を伝える演技が印象的で、終盤の沈黙が最も雄弁です。
シャーロット・サリヴァン(ジェーン)
冷静さと脆さを併せ持つ演技が特徴で、リアムとの対比が作品の緊張を支えている。彼女の目線の動きが、物語の真実を導く羅針盤のように機能する。感情を抑えた芝居の中に、一瞬だけ見せる恐れと愛情の揺らぎが、この物語の核心を形づります。
ブレット・ドナヒュー(サム)
登場時間は短いが、真実への鍵を握る存在として物語に重みを与える。彼の静かな語り口と視線の奥に、過去の出来事のすべてが潜んでいる。彼が登場する場面の空気が変わる瞬間に、観客は真実が近づいていることを直感する。
キャロライン・ラブレシュ/スティーヴ・レオナール(監督)
共同監督である二人は、脚本から撮影までを緻密に計算し、低予算ながら高密度な世界観を構築した。緊張感を削がず、説明を極力省く演出により、観客の思考を常に映像の中に置いている。無駄な演出を排したカット構成が、真実というテーマにふさわしい冷静な視点を保っている。

筆者の感想
この映画を観るとき、まず「距離」に注目したい。人物と人物、カメラと被写体、そのわずかな間合いが物語の核心を示している。リアムの歩幅、ジェーンの立ち位置、光が届く範囲、すべてが“半径”という概念で繋がっている。音の少なさも重要で、会話の間にある沈黙が、真実へ向かうための呼吸のように作用する。観客は言葉よりも空気を感じながら、二人の関係の変化を追うことになる。終盤、リアムが選ぶ行動の意味を理解するためには、静寂の中に潜む音の変化を聴くことが鍵になります。
こんな人におすすめ
・記憶やアイデンティティをテーマにした心理スリラーが好きな人
・静かな緊張感と映像の余白を味わいたい人
・人間の罪と赦しを現実的に描く物語に惹かれる人
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