人とロボットが争った未来のアメリカ、西部へと続く荒廃の道を、孤児の少女が歩き出します。監督はAnthony RussoとJoe Russo、主演はMillie Bobby Brown、Chris Pratt。大規模なSFアドベンチャーでありながら、旅の中で問われるのは“家族”と“帰る場所”という普遍の問いです。廃墟となったロードを駆け抜ける映像の向こうに、信頼と再生の可能性がそっと差し込むのです。

制作年/制作国:2025年/アメリカ
上映時間:128分
監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
主演:ミリー・ボビー・ブラウン、クリス・プラット、キー・ホイ・クァン
ジャンル:SF/アドベンチャー/ロードムービー
あらすじ
物語の始まり
ロボット戦争の爪痕が残るアメリカ。機械が街を離れ、人々はそれぞれの小さな世界で暮らしています。少女ミシェルは家族を失い、沈黙の街で過去に取り残されていました。ある日、彼女の前に小型ロボット“コスモ”が現れます。コスモは彼女の兄からのメッセージを携え、遠い西海岸を目指すよう伝えます。ミシェルはためらいながらも旅に出て、途中で出会った運び屋キーツと共に、荒廃したハイウェイを進みます。壊れた標識、止まった街の時計、砂塵に覆われた車列。二人と一体は、変わり果てた世界の中で、人間と機械の境界を越えた絆を少しずつ築いていきます。
物語の展開
道の途中で、彼らはかつて戦争で使われた巨大なドローンの残骸を見上げます。そこにはかつての文明の記憶が刻まれており、ミシェルは「なぜ壊し合ったのか」と問いを口にします。キーツは答えを持たず、ただエンジンをかけます。二人は荒野を抜け、ロボットの群れが自分たちの“町”を築こうとする集落に辿り着きます。鉄とガラスでできたその場所には、かすかな希望の灯りがありました。ミシェルはコスモの記録装置から、兄の映像を発見します。そこには「もし僕がいなくなっても、世界を嫌いにならないで」という言葉が残されていました。失われたものの中で、人がまだ信じられるものを探す時間が始まります。
物語が動き出す終盤
西海岸の廃墟に辿り着いたミシェルたちは、戦争の最期に造られた巨大な塔を目にします。その塔は、かつて人間が機械に命令を送るために使っていた通信施設でした。塔の内部で、ミシェルは兄がすでに“機械の意識”として存在していることを知ります。肉体を失ってもなお、彼は妹を見守っていたのです。涙を堪えながら、ミシェルは塔の電源を落とします。無数のランプが次々と消えていく中、彼女はコスモの手を握ります。光が完全に消えた瞬間、夜の空に朝の色が差し込みます。終わりではなく始まりのようなその景色の中で、ミシェルは初めて穏やかな笑顔を見せます。旅は彼女の心を、生きる方向へと導いていったのです。
印象に残る瞬間
夜明け前の荒野に、街の光は一つも見えません。空に浮かぶのは、壊れたドローンの群れ。風が砂を巻き上げ、遠くで金属の鳴る音がします。ミシェルはその音に耳を澄ませ、誰もいない空へ向けて小さく「聞こえる?」と呟きます。答えはなく、ただ風の音が返ってきます。カメラは背中を追い、コスモがその横を静かに歩いています。機械の瞳に夜明けの光が映り、空が少しずつ色づきます。
やがて太陽が昇り、地平線の向こうで廃墟の影が淡く消えていきます。ミシェルは立ち止まり、振り返らずに歩き続けます。その足取りに迷いはなく、風の中でコスモの機械音がやわらかく響きます。終わった世界の中にも、まだ動いているものがある。静かな時間の中で、彼女は“生きている”という実感を取り戻していきます。

見どころ・テーマ解説
道が映す心の変化
本作の旅路は、単なる目的地への移動ではなく、登場人物たちの心の変化そのものを映し出しています。車窓から流れる風景は少しずつ色を変え、朽ちた街の灰色から、草が芽吹く薄緑へと移り変わります。ルッソ兄弟はこの色の変化を心情のリズムとして使い、ミシェルの成長を静かに描き出しています。
ミリー・ボビー・ブラウンの演じるミシェルは、序盤では何も信じられない少女として描かれますが、旅の中で出会う人々やロボットを通して「壊れた世界の中にも信頼は残る」という事実を学んでいきます。セリフよりも風景や光の移ろいで語る演出が印象的で、観客はロードムービーの時間の流れと共に、登場人物の変化を体感します。道が進むほど、心が再び動き出す。監督はその瞬間を映像で語っています。
出会いと別れの中で
旅の中で描かれる人との出会いと別れは、どれも儚く現実的です。キーツとの関係は、守る者と守られる者という単純な構図ではなく、互いが互いに支え合う不思議な対等性を持っています。無骨な彼の仕草や、時折見せる優しさが、崩壊した世界の中で人間らしさを際立たせています。ロボットのコスモも、言葉を持たない存在として沈黙で感情を伝えます。
監督は、人と機械の違いを“感情の有無”ではなく“選択の有無”として描いています。誰かを思い、行動すること。それが人間であってもロボットであっても、同じ“生きる力”であるという視点がこの映画の軸になっています。別れの場面での静かな抱擁、誰も言葉を発さない時間にこそ、この映画の真の温度が宿っています。
時間が磨く記憶
ルッソ兄弟の演出で特に印象的なのは、時間の扱い方です。過去の断片がフラッシュバックのように挿入されるのではなく、風景の中に溶け込むように流れていきます。崩壊した都市の壁に貼られたポスター、朽ちた観覧車の骨組み、落書きの中に刻まれた名前。そうした“過去の痕跡”が、現在の映像の中に自然に存在し、ミシェルの記憶と観客の記憶を重ね合わせます。
音楽は静かで、ほとんど環境音に近いリズムを保ちながら、感情の波を下支えしています。電子音とピアノの柔らかい旋律が交互に現れ、無機質な世界にわずかな温度を与えます。時間が進むにつれて、失われたものの美しさが浮かび上がり、ミシェルの心の中で“過去が許される”瞬間が訪れます。監督はそれを涙や叫びではなく、視線と光で描きます。
立ち止まることの意味
この映画は旅の物語でありながら、実際には「立ち止まる」ことがテーマになっています。登場人物たちは移動し続けますが、重要な瞬間はいつも静止の中にあります。廃墟の屋上で風を感じる場面、壊れた橋の上で夕陽を眺める場面、夜のキャンプで言葉を交わさない時間。監督は動よりも“止まる”ことで感情を語ります。
立ち止まることで、彼らは初めて過去を受け入れ、自分の中の痛みと向き合います。ミシェルにとってそれは兄の死であり、キーツにとってはかつて守れなかった人々の記憶です。映画の終盤で彼らが座り込んで朝日を見上げる姿には、何も解決していないのに確かな安堵が漂います。再生とは前に進むことではなく、立ち止まって呼吸をすること。その穏やかな理解こそ、この映画の核心です。
キャスト/制作陣の魅力
ミリー・ボビー・ブラウン(ミシェル)
『ストレンジャー・シングス 未知の世界』『エノーラ・ホームズの事件簿』などで繊細な感情表現を見せてきたブラウンは、本作で抑えた演技の中に深い感情の流れを刻んでいます。涙や叫びに頼らず、表情のわずかな変化と目線だけで喪失と再生を伝えます。彼女の演技がこの荒廃した世界に人間の体温を取り戻しています。
クリス・プラット(キーツ)
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『ジュラシック・ワールド』シリーズで知られるプラットは、陽気なヒーロー像を離れ、静かな運び屋としての深みを見せています。強さの中に脆さがあり、言葉を選ばず行動で信頼を示す姿が印象的です。彼の存在が、ミシェルの心の変化を支える土台になっています。
キー・ホイ・クァン(声・サポート役)
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で再評価された彼は、本作でロボット・コスモの声を担当しています。機械的な音声の中に人間的な温かみを残し、セリフの少ない映画に感情の振幅を与えています。沈黙の中で伝わる“心の声”として、彼の演技は見事に機能しています。
アンソニー&ジョー・ルッソ(監督)
『アベンジャーズ/エンドゲーム』『グレイマン』などでスケールの大きな物語を手掛けてきたルッソ兄弟は、本作でその演出力を“静の表現”に転化しています。広大な廃墟を壮大なアクションではなく、記憶の風景として描き、人物と風景の距離感で感情を語ります。彼らの映像には常に「人間が世界をどう見るか」という哲学があり、本作ではその思想が最も優しく結晶しています。

物語を深く味わうために
『エレクトリック・ステイト』をもう一度観るなら、まず“光”の描写に注目してほしいです。曇天の下を走る車のフロントガラス、夜にきらめく壊れた街灯、そして終盤の朝日。光は常に変化し、登場人物たちの心の状態を映しています。光が柔らかくなるにつれて、彼らの表情にも穏やかさが戻ります。
音の使い方も特徴的です。遠くの風音、機械の稼働音、足音の反響がリズムのように繋がり、静けさの中に時間の流れを生み出しています。監督はセリフを極力減らし、音と映像だけで感情を描きます。観客は風景の中で呼吸するように物語を感じ取ることができます。
この映画の魅力は、壊れた世界を描きながらも、希望を手放さない点にあります。絶望の先に光があるのではなく、絶望の中にこそ光がある。そのことを、この映画は映像で語っています。壊れた街の隙間からふと差し込むあの柔らかな光を思い返すと、再生とは遠くにある奇跡ではなく、今ここにそっと灯る微かな温度なのだと感じさせられました。
こんな人におすすめ
・静かなSFやロードムービーの世界観が好きな人
・映像と音で感情を感じ取りたい人
・ミリー・ボビー・ブラウンやルッソ兄弟の新境地を見たい人
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